柴犬の新太郎

柴犬と東京多摩地域の暮らし

地獄の出産3(最終話)

f:id:tetsujin64go:20200505115914j:plain

お義母さんが作ってくれた兜で初節句

 

こんにちわtetsuです。体調も随分良くなってきましたが、まだまだ自宅でステイホームします。今は「他の人にうつさないこと。」を意識しております。(その話はこちら)さて、妻の出産記事がいよいよ最終話になりました。今日は、3月末に生まれた息子の初節句なので、「投稿するタイミングとしても良いかな?」とか思いながらの投稿です。

 

▼過去の妻の出産話記事▼

www.xn--u9j593j1kiiic95ur67b.com

www.xn--u9j593j1kiiic95ur67b.com

 

 

3日目

陣痛促進剤継続

2日経っても生まれない赤ちゃん。妻は陣痛促進剤&バルーンに耐え続けているものの、体力的にも精神的にも「今日が限界だ。」と思っていた。朝から陣痛室に行くのに気が進まない妻。宿泊室から陣痛室に移動するのが本当に怖くて、昨日も夜中にお腹の痛みに耐えながら「行きたくない。行きたくない。」と言って泣いていました。「こわいよ。こわいよ。」

希望?

そんな体力的にも精神的にも来ている妻。生まないという選択肢はできません。重い体を動かして、まずは最初に検診をします。先生からは「子宮口が少し柔らかくなってきたから、今日生まれるでしょう。」と嬉しいこと希望をもてることを言われた妻。「絶対に今日生むぞ!」妻の気持ちは少し切り替わり、覚悟を決めたように思えた。

そして、朝から陣痛促進剤の点滴を今日も開始する。幸い昨日よりも痛みに対して慣れたのか、朝~15:00近くまでは余裕があった。が、やはり点滴量が多く・早くなるにつれて痛みが増すと、「痛い!痛い!」昨日と同様、陣痛室は呼吸を必死にしながら「痛い!痛い!」と叫ぶ妻の声が響き渡る。

助産師さんから「パパはテニスボールでママのお尻を押してあげて!」と言われた。テニスボールを妻のお尻にあてて押す。が、「弱いっ!」と妻一喝。相当な力を入れてボールを押すと「それをキープして!」と妻は言う。その力は半端ではなかった。僕は内心「(え。これキープしてたら妻の骨盤折れちゃうんじゃない?)」って思ったほどの強さだった。

3日間の末

産まれました!・・・とは、いかなかった。先生の言葉を信じて、「今日生まれる!今日生まれる!今日だけ頑張れば生まれる!」と頑張った妻。しかし、子宮口は3日頑張っても、夕方の検診で9㎝まで開くのが限界だった。ショックを受ける妻。

子宮口全開ではないが、妻は、「いきみたい!」と担当の助産師さんに言った。助産師さんは「いきんでいいよ!少し赤ちゃんがおりてきているから」と。そこから妻は必死にいきんで頑張った。

20:00いよいよ分娩室に移った。日中の担当助産師が帰宅し、夜勤の助産師に担当が変わった。すると変わったばかりの助産師さんから衝撃の一言がかけられた。「まだ微妙だから。いきまないで我慢してね。」・・・は??さっきの人と言ってること違うじゃないか!と僕は思いながらも妻が頑張っているのにクレームを入れている場合ではないと、その言葉を考えないようにしながら妻の横で妻を応援し続けた。(この後・・・何かあったら絶対にキレるからな。)←今、思えば僕も僕で必死だったんだろう。

緊急帝王切開

分娩室では、助産師さんが妻の身体に手を入れて様子を見る。本当に少しやり取りをした後に、助産師さんが先生を呼んでくるという。何かあったのだろう。と思っていると先生が到着する。妻の身体に手を入れる。そして、「最終的に3日で生まれず、赤ちゃんも降りてきていない。どこかで引っかかっているのかな。エコーでは問題なさそうだけど、いきむと赤ちゃんの心拍が低くなるので(へその緒がからまっている恐れもある)、予定日も1週間超過しているので心配。」という先生の見立てで、最終的に緊急帝王切開が提案された。

その時、妻は顔面蒼白で頷いていた。先生は妻に帝王切開の言葉を出す前に、一通りの経過を丁寧に説明をして、妻の頑張りに配慮しながら慎重に言葉を選んで最後に「帝王切開」と言おうとしていた。しかし妻は先生の話を聞いている途中に「(これは緊急帝王切開と言おうとしているな)」と予測したらしく、話の途中からずっと大きく頷いていた。「もうこの3日間の痛みから解放してくれ。」「帝王切開って言おうとしてるんでしょ?わかるから早くいってくよ!受け入れるから!」という感じだった。先生から「ということで、・・・緊急帝王切開・・・。」「はいっ!よろしくお願いします!」即答の妻。

そして、その様子ややり取りを隣で見ていた僕は、ただただ声を押し殺して泣いた。どんどん涙がこぼれる。「(ここで泣いてはいけない。)」と思いながらも声を殺して泣いた。大人になってこんなに涙が溢れたことはない。「(誰も悪くない。何も行けないことはない。)」「でも、でも、ようやく分娩室まで来て、3日も死ぬ程の痛みに耐えてきた妻の最後が帝王切開だなんて。」「・・・なんでだよ。こんなに薬も入れて、頑張ったのに。それなら何で最初から先生は帝王切開にしなかったんだよ。いや、2日目に帝王切開でもよかったんじゃないか?」「先生・・・今日生まれるって言ったじゃないか。」「妻が、夜中にどんなに怖い思いをしていたのか、、、知らんのか!!」頭の中で考えていることはグルグル回っていた。

よく言われる言葉

妻の妊娠中に本当によく聞いた言葉だった。妻の場合は、何だかんだ妊娠してからの検診はいつも「順調ですね。」と言われ、「あぁ流石な妻。このまますんなり子どもが生まれてくるのだろう。」なんて思ってた。ら、最後の最後でどんでん返し。「最初から帝王切開と言ってくれれば妻はこんな思いをしなくて良かったのかもしれない。」「無痛分娩がある所を選んでおけばよかったのかもしれない。」「なんなんだ。なんなんだぁ。」あんなに人が痛み、苦しみ、もがくところを目の前で見た僕としては、ただただ涙を流すことしかできなかった。妻は、出産体験としてよく言われている「デュルン」って最後に赤ちゃんが出てくる何とも言えない感じ。という、ただただ最後のその1部の体験だけできずに、帝王切開となった。「出産は何があるか分からない。」本当にその通りだ。

そして始まる手術

同意書。妻本人の同意と僕の同意を足早にとって手術が行われた。今考えれば、サインをしただけで何に同意するか説明がまったくなかった。そして始まった緊急帝王切開。通常手術時間は30~45分程度とネットに書いてあった。しかし妻の手術は一向に終わらない。1時間2時間2時間半。どんどん時間が経つ。「待合室で待っていてください。」と言われた僕も流石に待ってはいられない。ただ手術の邪魔をする訳にはいかない。どうすればいいか分からず。結局、待合室で待ち続けた。

おめでとうございます

休日夜間だったため、緊急帝王切開は少ないスタッフで行われたのだろう。院内のスタッフは全員手術室に行っていた。受付にも誰もいない。そして、2時間半後に助産師が僕の前に来て「おめでとうございます。母子ともに健康です。」と言ってくれた。よくドラマでは「ありがとうございます。」と泣きながら父親がお礼をする場面なのだが、僕は意外にも冷静に「ありがとうございます。」と言って心では「(いや、どんだけ時間かかってるんだよ!説明してくれよ。むしろ早く妻に会わせてくれ!!)」とか思ってた。手術後の片付けや妻の健康状態がチェックされた後に、僕は妻と赤ちゃんに会うことが出来た。

シンプルな言葉

助産師さんに手術室に通された。妻がこちらを見ていた。もう涙が出てくる。赤ちゃんはとりあえず次で、この3日間。そして、妊娠してからの何カ月も一生懸命頑張ってきた妻に「頑張ったね。ありがとう。」という労いの言葉しか見つからず、かけられなかった。本当に頑張った。変われるなら変わりたいと思った。頑張った。頑張った。頑張った。ただ、「頑張ったね。」それだけしか言葉が浮かばなかった。本当はカッコいい言葉でも言ってやろうと妻の入院前は思っていたのだが、この3日間でカッコいい形だけの言葉は、すべてが吹き飛んでいた。泣きながら出た言葉。それはシンプルに「頑張ったね。ありがとう。」

お前かぁ!

そして、赤ちゃんと対面する。見るからに僕にそっくりだった。一番最初に思ったのは可愛いよりも「wwwお前かぁ!母ちゃんと困らせたのは~!www」だった。そして、生まれてきてくれてありがとう。という気持ちになった。父親になったんだという実感は、、、あまりなかった。赤ちゃんの頭は柔らかくてお母さんの狭い産道を通って生まれてくるから長くなる。「エイリアンみたいだね。」とも思った。助産師さん曰く、日にちが経てば丸くなるとのことだった。

その後の様子

緊急帝王切開だったため、1日は赤ちゃんを預けて妻は宿泊室で絶対安静となった。二人で思いっきし爆睡した最後の夜だった。次の日からは、赤ちゃんと対面。授乳やら手続きやら急激に忙しくなった。僕も役所に出生の手続きをしに行ったり、買い出しに行ったりしていた。それでも二人で疲れた顔でも沢山赤ちゃんを見て笑い合った。新太郎も当初1日の予定だった動物病院へのお泊りが、3日になっていたので直ぐに迎えに行った。

パパになる人へ

辛い3日間が終わると幸せの生活がスタートしたわけだけど、今回改めよく考えて、僕に言えること。それは、

  • 妻の出産時は、分娩室からの立ち合いではなく、最初から最後まで一緒にいることが望ましい。
  • 妻の出産後は、交通事故にあって内蔵がグチャグチャになった状態で育児をしていると思おう。

です。ハッキリ言えば妻(女性)の出産体験記事ではないので、やはり男が安易に「出産てこうだったよぉ。」と言えることではありません。し、何も分かりません。男には一生分からない体験なんです本当に。改めて思いました。そして、凄く神秘的な体験だとも思います。男の入る余地はないです。それでも、男性側として僕が言えるのは、上記の2つ。相当な覚悟を持って妻の出産をサポートするつもりなら、最初から最後まで一緒にいてあげて下さい。トラウマになるほど頭に記憶されますよ。生まれる瞬間だけ大変なわけではありませんから。そして、出産後に妻を労わってください。僕は、赤ちゃんがまだ妻のお腹にいる時に他の出産記事で「出産後の母親は外見上変わっていなくても、体の中は交通事故にあったようなもの。」という記事を見て、すごく分かりやすい例えだと思いました。そして、やはり出産後に変わらない外見の妻を見ても、体の中は・・・と思うと必然的に僕が動くわけです。

 

そんな、地獄の出産記事でした。長い文章を最後まで読んでいただき有難うございました。ちなみに、1ヶ月検診も、お宮参りもコロナの影響で行けていません。役所の方が来る話もキャンセルになりました。でも、赤ちゃんは妻の母乳を飲んでスクスク育っています。全然寝なくてイライラしたりもします。妻はもっと大変です。しかも、僕は発熱のために今は一緒にいませんから。でも、これからもこの体験を忘れずに妻と子供を大事にしていきます。そして、子どもがある程度大きくなった時に妻の大変だった出産話を聞かせてあげようと思っています。

 


【柴犬と赤ちゃん】赤ちゃんが産まれました|目が見えない柴犬と赤ちゃん(新生児)の生活|東京都多摩地域暮らし