柴犬の新太郎

目が見えない保護犬の元気いっぱい生活

「孤独死」の本当に怖いこと|高熱で一人自宅で過ごして分かったこと

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こんにちわtetsuです。

 

すっかり熱も平熱に戻りました。ご心配おかけしました。それでも、まだステイホーム中です。そして、家族と離れた生活も今日で19日目を迎えました。今回は、この19日間で僕の人生観が少しだけ変わったことをお話します。

 

▼前回の話はこちら▼

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孤独死

 孤独死(こどくし)とは主に一人暮らしの者が誰にも看取られることなく、当人の住居内などで生活中の突発的な疾病などによって死亡することを指す。特に重篤化しても助けを呼べずに死亡している状況を表す。

Wikipediaを引用しました。

 

「死」の間際しか考えていなかった

僕は今まで「孤独死なんて全然へっちゃら。別に最後が孤独でもいいやぁ。」と思っていました。それは、大きな間違いでした。僕は「死」の間際、最後の「孤独」しか想像できていなかったからです。

今まで「死」に対して。「死まで」を想像していなかったから、「孤独死でもいい」と言えたんですね。それが今回、実際に自分が死にそうになったことで「死」に対する恐怖。特に「死まで」の恐怖を覚えました。

そもそも僕が考えていた孤独死は、1人でいるときに「あぁ~死ぬ~」・・・パタリ。だったんです。そぅ「突発的な死」を想像していたんです。だから1人という孤独な状況ではありながらも、「別に家族がいても死ぬときは死ぬからなぁ。」とか思っていました。

 

「死」までの時間を考える 

孤独死の本当に怖いところは死よりも「死ぬまでの時間(孤独)」です。今回、死を覚悟した高熱が約2~3日続きました。救急車を呼びたくても、汗を拭きたくても、飲み物を飲みたくても「誰もいません。」体は動かず、息も苦しい、頭は痛い。そもそも倦怠感から救急車を呼ぶ気すら起きない。

「110?119?」とか考えるほど意識朦朧。とにかく「辛い、苦しい、悲しい」日が続きました。体力面が弱まり切ると次は精神面に来ます。

現実的に来そうな「死」に対する恐怖より「死までの苦しい時間」に孤独を凄く感じました。これは、何とも言えない二度と経験したくない孤独でした。精神的に参った時にくる、「生きる時間(死までの時間)の長い孤独」は、言葉にできない程の恐怖なんですね。

 

さいごに

幸い体調がよくなってきて、誰かに偉そうに「体験談」を話そうとは思いません。が、自分自身としては「孤独死」ギリギリ体験を通して、普段の日常と家族がいることがどれほどの喜びなのか、しっかり認識できたと思います。そして孤独死の辛いことは「死までの時間」だということです。

 

みなさんは死ぬ直前を考えるのではなく、「死までの過程」を想像したことありますか?

 

最後までお読みいただき、有難うございました!

※今回、新太郎は一緒に暮らしていないので登場しませんでした。

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